梅雨があけた。 夏祭りに来ている。
俺は祭りの空気に馴染んでいる。この皮膚で感じている夏の温度は、暑いという以外に言葉を与えてくれない。皮膚と外との境界が、じわじわと曖昧になっていく感覚がある。 出店がたくさん並んでいる。単体の店なのか一列なのか、定かではない。灯りの連なりが、闇の中でぼやけて溶け合っている。
その光景を眺めているうちに、誰かの言葉を思い出した。こういう所に来ると普段自分はどこにいるんだろう、という言葉だ。そう言ったのは、たぶん美奈子だ??いや、自分か。境目がわからなくなる。
隣を見ると、美奈子が俺を見ていた。炭酸とゲームどっちが良いかと聞かれる。炭酸、と答えると、彼女は満足そうに頷いた。
彼女は、明日から社会人一年目だと名乗った。どうやら今日が学生最後の夏休みらしい。社会人になる実感はまだないと言う。自分も、似たようなものだ。
彼女の話を聞いているうちに、さっきの言葉の意味がわかってきた。あなた達のお母さんは光線みたいな人ね??それは、俺の母親について言った言葉だった。光線みたいな人。その例えが、頭のどこかに引っかかったままになっている。
その言葉を反芻しながら、出店の間を歩く。あちこちから掛け声が飛び交う。その混沌を見て美奈子が言う。なんでもありの相撲みたいだと。確かに、勝ち負けよりも、ただそこにあることの方が大事に見える。
ふと、足を止めてしゃがみ込む。すると美奈子が、さっきしゃがんだ時に汚いものが見えてしまった、と小さく言った。何を見たのかはわからない。俺も見ようとして、やめた。知らない方がいいこともある。それが、そのまま飲み込めた。
気づくと、人混みに揉まれながら歩いていた。周りの人の動きに合わせて、俺も進む。それは操縦ではない。一緒に動いている、という感覚だ。川の流れに身を任せるように、抵抗がない。
ふと、変わった出店が見えた。ヘルメットから光を出している人がいた。店の人が、ヘルメットから光を出してた人は帰りましたよ、と言う。どうやら、それで終わったイベントだったらしい。
同じ出店には、ポットに顔を入れる仕掛けがあった。試しにやってみる。中の光景は思い出せない。ただ、その後アンケートを書かされたことだけは覚えている。何のアンケートか、今もわからない。
祭りも終わりに近づいて、美奈子が、似合うベルトが今家にない、と言い出した。浴衣に合わせるベルトを忘れてきたらしい。そして、なぜか男4人で並んで一番みっともなくなれるか、という話になった。誰かと競っているらしい。その楽しそうな様子を見て、俺も少し笑った。
神社でお参りをすることにした。最後の5分だけ大人に案内されるのが気持ち良い、という感覚がある。今日一日、流されるままに動いていたけれど、この最後だけは、俺の意志で立っている気がした。
お参りをした。特に頭の中では言語化しなかった。お参りしたという事実が、神様に伝わるだけでいいと思った。